目指せ100冊。とりあえず。
2004年12月6日盗作してもいいじゃない☆人間だもの。(挨拶)
*SF小説*
最近また小説を読み始めて(切っ掛けは片山某とエリスン)、新しい小説を買い足そうと思ったんですが、正直積み本が多すぎて「あれ?これもう持ってなかった?」と思うことが多すぎです。怖くて買えません。
そこで、一昨日の夜、既読・積み本あわせて「もういくつか持ってるんだけど、まだまだ集めたい作家とか、どこまでコンプしたかわかんなくなりそうな作家をリストアップしてみよう作戦」を実行。小説(主にSF)を片っ端からリストアップしました。
既にブクログでかなり挙げてますが、あっちはコミック・CD・DVDが全部含まれてしまうので、改めて小説のみ。
http://booklog.jp/tana.php?ac=gunsou
*日米御三家*
整理してみて分かりましたが、白状すると、日米御三家6人の中で、マトモに自分がファンだと言えるのは、星新一と小松左京だけだと思います。(プロフの好きな作家に名前が入っているのはこの二人だけ)
アシモフ・クラーク・ハインラインは、それぞれにバイブル級の作品はありますが、「それだけ」で終わってしまって続いていない。
言い換えると、ロボット三原則、HAL9000、マイクロフト 以外の存在はあまり重要ではないのです。
AIという、五十三軍曹の価値観の中で絶対であるギミックを抜いたところには、アメリカのビッグスリーであっても評価を得ないわけです。
その点、ほとんど知性化したコンピュータを出さないのに作品を読ませてしまう星新一と小松左京には、小説家としての絶対の信頼を置いています。
何故両者が「AIを描いていないにもかかわらず」これだけ面白いのかは、短編が多いからではないかと思います。
つまり、SFがSFであるところの「アイデア勝ち」を、一番上手く使っている(というか、使わないと形にならない)のが短編であり、この両者は短編が上手いということです。
五十三軍曹はどちらかというと、作品の価値をアイデアに置きます。よく、「良いトリックを思いついただけでは良い推理小説にならない」と言いますが、それでもやはり、文章構成よりアイデアが勝っているもののほうに軍配を上げたいと思うわけです。
まず、アイデアは、作家が歳を取ると枯渇しがちというのがあります。
「アイデアで魅せられなくなるからこそ、文章の上手さで補い始める」という考えがあるので、「職人的技術」より「天性の才」のほうがナマモノというかプレミアというか、とにかく貴重なものだと思うのです。
純文私小説のように、「最後まで読ませる」ことが重要であるタイプの読み物には文章力も求めますが、SFにおいてはオチ、アイデア、あっといわせる「しかけ」……そういうストンとはいる落としどころが欲しいのです。
普段五十三軍曹がほとんどのSF小説に「AI萌え」もしくは「異質な知性萌え」を求めて読んでいるとしたら、星・小松両名には落語のような「オチ」を求めて読んでいるわけです。
アイデア勝ちというのは、運にも似て、素材以外はズブのシロウトであっても、他を圧倒することがあります。
例えば、本物のUFOをたまたまカメラ付き携帯で撮った人がいるとします。その写真は、プロカメラマンが有名グラビアアイドルを撮影した写真よりも、はるかに価値があるでしょう。
アイデア勝ちというのは、それに似ています。最高の素材には、いかなる技術も負けるような、そういうインパクトです。
もっとも、ほとんどのアイデアは既に出尽くしているわけで、大抵は技術もないと目も当てられないわけですが、ネタ師というのは一攫千金を狙う山師のようなもので、自分の技術力のなさを補うために「作品は荒削りだけどさぁ、このネタ思いついただけアンタはエラいよ」といわれるような、最高に笑えるネタを引っ張り出してくるわけです。
短編SFというのは、まさにそんな「ネタの醍醐味」を味わうようなもので、これを量産できる人ってのはやっぱすごいなぁと思います。
*SF小説*
最近また小説を読み始めて(切っ掛けは片山某とエリスン)、新しい小説を買い足そうと思ったんですが、正直積み本が多すぎて「あれ?これもう持ってなかった?」と思うことが多すぎです。怖くて買えません。
そこで、一昨日の夜、既読・積み本あわせて「もういくつか持ってるんだけど、まだまだ集めたい作家とか、どこまでコンプしたかわかんなくなりそうな作家をリストアップしてみよう作戦」を実行。小説(主にSF)を片っ端からリストアップしました。
既にブクログでかなり挙げてますが、あっちはコミック・CD・DVDが全部含まれてしまうので、改めて小説のみ。
http://booklog.jp/tana.php?ac=gunsou
*日米御三家*
整理してみて分かりましたが、白状すると、日米御三家6人の中で、マトモに自分がファンだと言えるのは、星新一と小松左京だけだと思います。(プロフの好きな作家に名前が入っているのはこの二人だけ)
アシモフ・クラーク・ハインラインは、それぞれにバイブル級の作品はありますが、「それだけ」で終わってしまって続いていない。
言い換えると、ロボット三原則、HAL9000、マイクロフト 以外の存在はあまり重要ではないのです。
AIという、五十三軍曹の価値観の中で絶対であるギミックを抜いたところには、アメリカのビッグスリーであっても評価を得ないわけです。
その点、ほとんど知性化したコンピュータを出さないのに作品を読ませてしまう星新一と小松左京には、小説家としての絶対の信頼を置いています。
何故両者が「AIを描いていないにもかかわらず」これだけ面白いのかは、短編が多いからではないかと思います。
つまり、SFがSFであるところの「アイデア勝ち」を、一番上手く使っている(というか、使わないと形にならない)のが短編であり、この両者は短編が上手いということです。
五十三軍曹はどちらかというと、作品の価値をアイデアに置きます。よく、「良いトリックを思いついただけでは良い推理小説にならない」と言いますが、それでもやはり、文章構成よりアイデアが勝っているもののほうに軍配を上げたいと思うわけです。
まず、アイデアは、作家が歳を取ると枯渇しがちというのがあります。
「アイデアで魅せられなくなるからこそ、文章の上手さで補い始める」という考えがあるので、「職人的技術」より「天性の才」のほうがナマモノというかプレミアというか、とにかく貴重なものだと思うのです。
純文私小説のように、「最後まで読ませる」ことが重要であるタイプの読み物には文章力も求めますが、SFにおいてはオチ、アイデア、あっといわせる「しかけ」……そういうストンとはいる落としどころが欲しいのです。
普段五十三軍曹がほとんどのSF小説に「AI萌え」もしくは「異質な知性萌え」を求めて読んでいるとしたら、星・小松両名には落語のような「オチ」を求めて読んでいるわけです。
アイデア勝ちというのは、運にも似て、素材以外はズブのシロウトであっても、他を圧倒することがあります。
例えば、本物のUFOをたまたまカメラ付き携帯で撮った人がいるとします。その写真は、プロカメラマンが有名グラビアアイドルを撮影した写真よりも、はるかに価値があるでしょう。
アイデア勝ちというのは、それに似ています。最高の素材には、いかなる技術も負けるような、そういうインパクトです。
もっとも、ほとんどのアイデアは既に出尽くしているわけで、大抵は技術もないと目も当てられないわけですが、ネタ師というのは一攫千金を狙う山師のようなもので、自分の技術力のなさを補うために「作品は荒削りだけどさぁ、このネタ思いついただけアンタはエラいよ」といわれるような、最高に笑えるネタを引っ張り出してくるわけです。
短編SFというのは、まさにそんな「ネタの醍醐味」を味わうようなもので、これを量産できる人ってのはやっぱすごいなぁと思います。
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