引き続きレビューを書く練習。

たぶん感想を読みたい人は、ネタバレにならない程度のあらすじ&お薦めするところを書いて欲しいのかなと思うので、そのへんに留意して。

 

あらすじ

生命保険会社に勤める若槻(主人公)は、あるとき「自殺の場合も生命保険は支払われるのか」という電話を受ける。その電話に不審なものを感じ取った若槻は、小学生の頃兄が自殺した体験を話し、自殺をやめるように説得する。
そんな電話の一件を忘れかけた頃、若槻は菰田重徳という契約者に名指しで呼び出される。訪ねた先の重徳宅で、若槻は重徳の息子が首吊り自殺しているのを発見する。
若槻は不審な行動を取る重徳を疑う。これは自殺ではなく殺人なのではないか。

息子の保険金を支払うように、菰田重徳とその妻幸子は、連日若槻を訪ねる。繰り返される異常な催促に疑惑を抱いた若槻は、菰田重徳について独自の調査を開始するのだが……

 

主な登場人物は主人公の若槻、恋人の恵、菰田重徳、菰田幸子。このほかにも犯罪心理学者、刑事、保険会社の上司や潰し屋など。かなり沢山の登場人物が出てきますが、名前が出る文章では人物の特徴(役割)もセットで出てくるので「ここの会話に出てくる○○って誰?」とならずに読み進められます。

日本ホラー小説大賞授賞作だけあり、非常に怖いです。ヌルヌルした怖さです。
人物が多いにもかかわらず、誰が誰だすぐ分かる構成など、技術も高いです。

残虐描写もありますが、それ以上に「ここが怖い」と思ったのは、犯罪心理学者の金石がサイコパスについて説明するくだりです。
ダイオキシンや環境ホルモンのあたりはMMRを感じましたが、社会が弱者のための制度を整えるほど、それを悪用するサイコパスが社会を食い物にするという主張には、言い知れない恐怖を感じます。

恵が「この文章と同じものをどこかで見たことがある」といった伏線が判明した瞬間も、なかなか恐ろしい場面です。

怖さのインパクトではクライマックスに及びませんが、サイコパスが何故恐ろしいのか、そこに伏している重いものが、劇的シーンの後にずしりと追い討ちをかけてきます。

 

*報復戦略と裏切り戦略

サイコパスと福祉社会、ゲーム理論の協調-報復戦略と裏切り戦略の類似です。

多くの社会は、囚人ゲームで最も安定を示す協調-報復戦略に類する社会になります。

最初は協調し、相手が裏切ったら報復し、悔い改めたらまた協調する。近代法治国家はほぼこの協調-報復戦略です。

一方サイコパスは裏切り戦略です。もちろんこれは、協調-報復戦略ではすぐ報復されます。

しかし、社会が福祉社会になるということは、戦略で言えば博愛戦略、裏切られても報復しない戦略に近くなります。サイコパスが裏切り戦略をとっても、メリットが大きくデメリットが小さいのです。

サイコパスをゲームの駒とした場合、この駒は協調戦略を取りません。協調戦略を取らない駒が存在する盤面を、どう攻略するのか。「黒い家」が恐ろしいのは、物語が一旦終わっても、この難しい盤面のゲームは終わらないからなのかもしれません。

 

*「心がない」と言う表現

引っかかったのは、映画版のタイトルにも使われた「この人間には心がない」という部分です。

心の定義に関してですね。

心は善なる部分のみを指すのではありません。理性も感情もすべて内包するのですから、「この人間には心がない」というのにはどうしても引っかかるのです。犯人には、怒りや恨みといった感情と犯罪を隠蔽する判断力がありました。

あるいは、「黒い家」での「心」は、定義が違うのかもしれません。

ゲームの例えで言えば、協調戦略を取らない駒が「心がない」駒なのでしょう。そう考えると、「心」とは、協調と裏切りの選択肢二つで逡巡する「揺れ」そのものを指すのかもしれません。つねに裏切り一択ならばそこには「心」がないのです。

同様に、つねに博愛一択で、何の揺れもなければ、それはそれで「心」がないのでしょう。複数の選択があり、どれを選ぶか迷うものが「心」であり、「考える」ということならば、思考を「放棄」して、選択肢が最初から一つしかないのは「心」がない。そんな風にも見えてきます。

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